おばあちゃん、ひ孫に会いに能登へぶらり旅

先週あたりに、

坂本母「おばあちゃん誕生日やし、つれてっちゃろうと思うて」

と断片的な連絡がきて、    


おばあちゃん「誕生日やきつれてってくれるって!飛行機は…」

とおばあちゃんからも連絡が来て、先月まで面倒をみてくれていた三ヶ月の息子に会いに来てくれました。

散々、わたしが

「七尾いいとこやし、宿も最高やききいや~」

と言ってものらりくらり「体力には自信がないき」とかわしていたおばあちゃん。

息子と一ヶ月離れただけで、能登行きを即決めました。

わたしも孫なんですが…なんや、ひ孫パワー…

が、前日も特にいつつくかの連絡もなく、

旦那「本当にくるの?」

というふわふわした状態でしたが、普通に七尾駅に来ました。

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息子、おばあちゃんの語り掛けにご機嫌

母とおばあちゃん、2日間泊まってくれましたが、息子は寝返りの練習をしたり、

初めてバンボに座ったり、普段よりがっつり運動して、

現役保育士にスパルタ寝返り練習を受け、

いっぱい笑って愛想よくしていました。

毎日そこそこ息子と居てたのしいと思ってましたが、

息子もわたし一人にまあまあ飽きてたのかな~と遠巻きに思いました。

日に日に体力がついてくるので、いろんな関わりや、新しいことが必要なのかも。

11月から慣らし保育ってはやいかな~と思ってましたが、

母やおばあちゃんと遊ぶ息子を見ていて、

二人でいるより、いろんな刺激をもらった方が彼にもいい気がしてきました。

そういう気持ちの変化の面でも、母とおばあちゃんが来てくれたのは良かったです。

能登空港で涙のお別れ

そんな二日間も一気に過ぎ去り、

能登空港へ二人を送りに行きました。

手荷物検査を終わらせると、ガラス越しでしか会えません。

向こうに行った二人に、涙が…

坂本「え?(そんなに?…)」

息子も、二人ともも力いっぱい別れを惜しんでました。

すぐ帰れる距離やなくてすまんね…

そういえば、わたしのひばあちゃんも別れ際、いつも泣いていました。

坂本「ひばあちゃんー大丈夫よ~またすっと来るわえ~」

と言っていました。

実際ひばあちゃんも超長生きして何回も会いましたが、そんなことを思い出しました。

自分がひばあちゃんと体験してきたようなことを、

これから息子とおばあちゃんはしていくのか~。

家族をつないでいくってこういうことなのかも。

里帰りしてなかったら、こんなに泣くほど思い入れれんかったかもと思うと、

色々あったけど、出てきたところから、二ヶ月見てもらえてよかったです。

おばあちゃんには、息子が20歳、

おばあちゃん100歳になってお祝いしないかんのでこれからも頑張ってもらいます。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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プロフィール

高知出身の1986年生まれ(五黄の虎)

18歳で脱藩、京都、金沢、富山高岡、能登半島住の転勤族。北陸か高知に大体おります。いつの間にか本籍は新潟県佐渡島に。一児の母。

元肉食系広告代理店勤務だったので、恋愛やお店のPRに関してのアドバイスが得意。

フェイスブック、ツイッターのメッセージ、そしてコチラでもライティングやインタビュー依頼、ブログでやってほしいこと受け付けます。


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さかもと みき 作『坂本、脱藩中。』はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスで提供されています。







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