不安はビジネスになる。
これは、保険を筆頭に先の不安を和らげる全てのビジネスや宗教にも通じます。
人は、「起こるかもしれない危機や不安」にお金を払う。
それは、人の死、病気、災害などが起こると、心が痛みを感じるから。
それを回避するために、お金を払ってでも「安心」を買う。
人間の「とられるかもしれない」「奪われるくらいなら」そんな根本的な恐怖は、戦争すら起こしてしまう。
「痛み」は、身体だけではなく、心にも深く結びつき、人を脅かしている。
そんなことを思い知らされる、ここ数年で一番心をつかまれた傑作でした。
心と体に不安を持つ人はその正体を知ることができる
診察したいんです、あなたのセックスを――
若き美貌の麻酔科医・野宮万浬のペインクリニックに現われた貴井森悟は、彼女にとって舌なめずりしたいような実験材料だった。
森悟はビジネスの最前線である中東の紛争地帯で爆弾テロに遭い、痛覚を失って帰国した。末期ガンの病床にある曽根老人から紹介されてクリニックを訪れた森悟は、身体の痛みを失っているという理由から、万浬の注目を惹くことになる。最初の診察の直後から彼女は、セックスを通して森悟の悦びと痛みのありかを探ってみようと心躍らせるのだった。
セックスを伴う「診察」が繰り返される中で、森悟は、紛争地帯で遭遇した事件の詳細を語る。彼は、ビジネスという名の下で行われる先進国の身勝手に疑問を抱く人間だったが、そのために却って、現地の人々に試されることになる。森悟の出会ったテロリズムは、その果ての悲劇だったのだ。
万浬は、実は心に痛みを覚えたことのない女性だった。彼女がそうなったのは、トラウマがそうさせたわけではない。どうやらそれはDNAのためであるらしかった。
万浬は自分が、世間の人々を、なぜ、そしてどこがどう違っているのか確認せずにはいられなかった。彼女の一族の過去が、薄皮をはがすように一枚一枚暴かれてゆく……。
感想:★★★★★
最初は突飛でサイコパスっぽい女性の話かなと思ったけど、読めば読むほど深かった。
全然単純じゃなかったし、人の持つ弱さに限りなく切り込んで「痛み」と「愛」を探す物語やった。
この作品は人生で何度か読むことになると思う。
遠い世界の様で、私たちの生活に余も近い「痛み」を軸に、吸い寄せられるようにページをめくってしまう。
上下巻と長めやけど、終わるのが惜しいほど物語に引きこまれてしまった。
人は「痛み」を得て強くなったか、弱くなったのか
たとえば、人の死について。
死は一切を無にする、とても悲しい出来事なのは、周知の事実。
でも、その死による心の痛みを周りが回避することで、当人の意思に関係なく「延命治療」が行われることも多い。
ただ、管を繋がれて意識が混濁していく中で生き続けることは幸せか。
でもその議論よりも、死による悲しみの回避の方が優先されがちになる。
私個人は、それを見て、自分の人生には「わけわからんまま生きるより、さっさと死にたいし延命治療はいらん」と思う。
心の痛みは、人の判断を鈍らせる。
それは、「愛」ともいう。
効率的な、生き物としての判断ではなく、人間としての判断、「愛」によって非効率的な生き方ですら選んでしまう。
「人間は愛によって、あと百年は生きられるでしょう。でも愛にからみつかれることによって、千年単位の歴史はもう刻めない」
下巻 P176
そんな中、「痛み」を感じない人間が現れる。
それを新人類とみなすのか、欠陥人間とみなすのか……。
もうすごく、心震わせられた。
「ずっと幸せでいる」ためにできることの答え
この物語の中には、人がずっと幸せでいるための答えが書かれている。
それが、もう、薄っぺらくて、悲しくて、本当に他人からみたら笑ってしまうようなくだらないもの。
いろんな描写がある中で、個人的には、そこが一番悲しかったな。
でも、その人がずっと幸せでいるためのトロフィーみたいな思い出も、あとあと生きるための理由になるし、実際はそれを抱えて生きていく。
それを客観的に見た時、人間のちいささというか、愚かさを見た気がする。
でも、人間て、そんなキラキラした思い出や思いを抱えて生きていけるのも事実。
物語の中から、ぐわっと自分の生活と生き方まで掴まれるような気がした。
長くつらい目に遭いながら、いつかは幸せになれると我慢しつづけ、けれどその希望は報われることなく、人生を終えてく……彼女は大衆の代表さ、象徴だよ。ぼくは、彼女を大衆に課せられた宿命から、永遠にすくい上げてみせる。きみたちはどうだ、彼女をしあわせにできるかい
中略
きみたちはきっと、彼女を幸せにするなんて簡単だとおもってるだろ。だが実際にどうやる。金を与える? もっといい店を買ってやるか? それとも憐み深く抱きしめてやるかい? どれもいちじてきなものでしかない。いずれは屈従を強いる宿命に、彼女を沈みこませるだろう。彼女はこの世界の歴史を担っているんだ
下巻 P185、186
痛みと共にどう生きるか
この小説は、読後、痛みとの共存について考えさせられる。
でも、新人類でもない私たちは痛みから逃げて生きることはできない。
でも、だから考えられる。
自分はどう生きるか、人の痛みについてはどう考えればいいのか。
どう接するのがいいのか。
それの先が宗教や、カルト、ビジネスでもあるのを理解した上で、自分はどう生きようか。
絶対にやってくる心と体の痛みにどう、向き合うか。
そんなことを考えさせられる傑作でした。
心や体に痛みを感じる全ての人におすすめ!
つまり誰にでもおすすめです!
迷ったら是非読んでみてください!
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