30代の幸せと憂鬱

自分の言葉を話すとき、随分フィルターがかかるようになってしまった。

それは、好きな人が増えたせいでもあるし、仕事をもらえるようになったからでもあるし、自分だけの人生から、「家族」という単位になったからかもしれない。

今、この状態は、私が歩める可能性の中でも最高の人生だなと思う。

それでも、確かに満たされない部分は、ある。

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人生の波には簡単に流される

10代で自由を得て、20代でお金を得て、30代で家族を得た。

大事なものが増えると単純に幸せになれると思っていたけど、それは身動きが取れなくなるのとセットできた。

もちろん、やりようにもよるし、どうにもならない時期もある。

そして、思っていた「大人の余裕」なんて全く持てないまま、今時のミュージシャンがわからないおばさんになってしまった。

家族が増えるだけじゃなく、「死」を通して、自分がただ登っていくだけの階段にいるのではなく、人生という道の中の半ばにいることを実感させられる。

大人になったら、ある程度思い通りになるなんて幻想で、経験から折り合いをつけることや割り切りが上手くなっただけだなと、最近は感じる。

得るものもあれば、手放すものも必要で、好きだったものでも諦め、離れていくことも必要だ。

でも、その諦めに慣れてしまうと、どんどん自分がなくなる。

自分をつくっていくのは、「仕事」と「家族」。

いつのまにか、あんなに探していた自分はまたどこかに行ってしまう。

手に持てるものを磨き上げていかなければならない

子育てを通して知るのは、自分がいかに幼いかという事実。

3歳に本気で感情をぶつけてしまうときに感じる自己嫌悪。

まだこの世界にきて3年目なのに、何を求めているのか。

仕事は継続が大事だということ。

納品するものは評価され、その基準に満たなければ切り捨てられる。

積み重なれば信用にもなる。

私は、育児で遅れている社会的存在意義を仕事で取り戻そうと必死だった。

今もまだそう。

バランスは、まだとれていない。

最近、大人とは、手に持っているものをどう磨き上げていくかでかなり変わってしまうのではないかと思うようになってきた。

ただ好きなものを見つけて、集めて、大事にコレクションすることでアイデンティティを構築できた時期は終わった。

これからもいろんな言葉を書いていく

1本1本に魂を込め、それが仕事として形になるとほっとする。

と、同時に手放した瞬間、それは私のものでありながら私のものでない感覚も芽生える。

読みやすい、わかりやすい、伝わりやすい。

そこに個性を入れることはとても難しい。

だから、ここ数年で、癖のある私らしさはちょっと消えてしまった気もする。

先日、尊敬しる人から「坂本さんも頑張ってブログ書いてね!楽しみにしてますよ。」と言ってもらった。

すごく、すごく、うれしくて、また書きたいと思った。

よくばりながら、ちょっとづつ、またがんばる。書いていく。

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