むすこのなかに、沈む

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よく、頭の中で遠くに行く。

わたしの手元には常に本がある。

ページをめくりながら、すとん、と文字の羅列から繰り広げられる世界へと降りていく。

それは、長い間、眠る前の儀式となっている。

こどもが生まれても、その世界に行くことを辞められず、

寝かしつけてから、昼寝の合間、時間を見つけてはすぐに飛ぶ。

こどもの寝顔を見て、多幸感を味わう喜びと、

ページを開いて、本の世界へ逃避するルーチン、

そしてケータイ電話の中の他者とつながる世界。

産後はそれを行ったり来たり、行ったり来たり。

ある日、ふと気づく。

毎日一緒にいて、2時間おきに授乳をしているのに、

産後ほど、こどもの顔をちゃんとみてないかもしれないと。

祖母に抱かれるこどもは、

安心しきって、

すぐに泣き止み、すぐに眠る。

わたしの場合、「違う!」と言わんばかりに、泣きじゃくる。

泣き止ますすべを、授乳以外に見いだせない。

「こりゃいかん」

とりあえず、

こどもの向き癖は左向きなので、

顔がこちらを向いていつでも彼の顔がみえるように布団の位置を変えた。

そして、じっとこどもを見る時間を増やしてみた。

ことばを持たない小さな命を始めたばかりの個体が、

ことばにならない音を小さな口からこぼしながら、訴えかけてくる。

「あう、あうう、ああううう」

全く、何を伝えたいかわからない。

全くわからないけれども、顔にしわを作りながら、眉を曲げながら、

口をパクパクしながら、身をよじりながら、

時に大泣きしながら、一瞬笑顔を見せながら、

その個体は訴えかけてくる。

「わかってくれ!」

と、必死に、ことばを持たないものの訴えに向き合う。

ことばの海に泳ぎに行くのが大好きな私が、

ことばを持たないこどもの中に、入ろうとする。

目の奥の、彼が望む何かを、探ろうとする。

ことばなしに。

「あう」

ことばがわからない彼に話しかける。

「どうした、あうあうさん」

「お腹すいたの?あうあうさん」

「ふんばりゆうねえ、あうあうさん」

こどもは、顔をしかめたり、

のんきな顔をしたりして、手足をばたばたさせ、

おくるみを蹴っ飛ばす。

ことばの色や、質感、切れ味、

陶酔感に囲まれるのを好むわたしには新鮮な体験。 

ことばが、ない。

まるで英語も通じない海外に行って、

手探りでコミュニケーションをとるような、

いや、それよりも難易度の高いかかわり方。

何を望んだらいいかも、どうしてほしいかもない、

ただ、喜怒哀楽、不快、快適、眠いを体現するだけのこども。

寝顔をじっとみる。

一人遊びの時の顔をじっとみる。

授乳中の必死な目をじっと見る。

すこしづつ、すこしづつ、近づいている気がする。

「こうしたかったがやね」

「いや、ほしいのはわかるけど、断るわ」

「気持ちいいね、よかったね」

わたしは相変わらずことばをかけるけど、

子どもからは、

「あう」

しか返ってこない。

それでも、時間をかけ、見つめて、本の中に入り込むように、

こどもの中に時間をかけて、沈んでいく。

ことばという道具をを介しないやりとりは、

二人の娯楽として、いつまで楽しめるだろうか。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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プロフィール

高知出身の1986年生まれ(五黄の虎)

18歳で脱藩、京都、金沢、富山高岡、能登半島住の転勤族。北陸か高知に大体おります。いつの間にか本籍は新潟県佐渡島に。一児の母。

元肉食系広告代理店勤務だったので、恋愛やお店のPRに関してのアドバイスが得意。

フェイスブック、ツイッターのメッセージ、そしてコチラでもライティングやインタビュー依頼、ブログでやってほしいこと受け付けます。


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さかもと みき 作『坂本、脱藩中。』はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスで提供されています。








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