4つめの保育園の最終日~転勤族のこども~

胸に黄色い花の飾りをつけて駆け寄ってくる2歳7ヶ月の息子は、今日が4つ目の保育園の最終日。

里帰り中の産前2ヶ月、産後2ヶ月の4ヶ月間だけ地元高知の保育園に通った。

丁度言葉がではじめた時期で、たくさんの歌や踊り、単語を覚え、いっちょ前に土佐弁も喋る。

できることが増える時期なのか、いつの間にかお風呂上りの着替えもできるようになったし、促せばトイレで用を足せる。

変わる環境の中で、しっかり成長していた。

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別れと出会いと曖昧と

保育園の先生を私はそれぞれよく覚えている。

息子と向き合って、それぞれその時の息子を受け入れ、のびのび過ごさせてくれた。

おかげで保育園に行きたがらない日は少なかった。

転勤や申請の都合で園が変わるたび、親は少し切ない気持ちになるものの、息子はよくわかっていない様子。

曖昧で、バタバタとする変化の中、流されるように通う園と、先生と友達が変わる。

「もう会えないかもしれない」

言葉をはっきり持たない息子は、そんなこともわからなかったんじゃないだろうか。

でも、今言葉がどんどん増えて、感情も複雑になってきている。

今後、「さびしい」「かなしい」思いもすることだろう。

5つ目の園へ

帰宅後は一時保育で一ヶ月過ごす。

また新しい保育園だ。

そして4月からは元いた園に戻る。

玄関に亀のいる、家の近くの保育園。

柔軟にとけこむことができる息子のおかげで、今のところ保育園問題では悩まずに済んでいる。

環境が変わること

私の環境が変わったのは、中学受験で地元の小学校のコミュニティを離れた時。

世界がもう一層できたような気分になった。

地元の友達は友達のまま、新しく世界が広がったから。

大学もしかり、社会人もしかり。

そして今、転勤族で新しい土地で出会う人の間や仕事で会ったことのない人との世界までどんどん広がっていく。

私は、そんな風に環境が変わることをよしとしてきた。

子どものうちは環境は選べない

でも、弟たちは一度外にでたけども地元に残り、同じコミュニティで生きている。

同じ兄弟でも違うから、私の子どもも感じ方が変わるかもしれない。

そこは慎重に見ていこうと思う。

私が中学受験をしたように、自分の意思がしっかり出て来たら未来を変えることもできる。

けど、現状は転勤族でついていくつもりでいるから、子どもは私達に付随して一緒に流される。

この子がどう感じるか、色んな言葉で代弁して、いろんな気持ちと付き合えるようにしてあげたいなと思う。

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1986年高知生まれの五黄の寅年、一児の母。 転勤族の妻で今は佐渡島のターン。
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