さようならくるま、ようこそくるま

新車を取りに行く日は、ドキドキとワクワクと寂しさが入り混じっていた。

今まで10年間のってきたnoteとさよならすることを意味するから。

別れと出会いは、いつもセットでやってくる。

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ものにも魂があるとしたら

新車を用意してくれているディーラーは2キロほどで着いてしまう。

最後のドライブは、とても短い。

ランダムで音楽をかけ、DAOKOをききながら出発した。

ナビも、車も新しいものになり、きっとそれはさぞ使い心地がよく、便利なことだろう。

人との別れと同じように、たんたんと時間はすすみ、あっけなく別れの時はやってくる。

改めて、車をみる。

すりへって破れたひじ置き、ゆがんだ座席。

傷だらけのボディに、HDDに詰め込まれた音楽たち。

いろんな場所や、失敗も思い出した。

何度も何度も子どもを乗せ、ほんとうに遠くまでいったこの車。

22万キロ走って、引退する今、何か言ってるだろうか。

「もっと大事に乗ってほしかった」

とか

「引退したくない」

とか、

「つかれた」

言ってるだろうか。

何も、きこえない。

のりかえ

新車のカギをもらい、簡単な説明をうけ、新しい車で帰ることになった。

ぷんぷん新車のにおいがする車にチャイルドシートをのせかえる。

二台を並べて、営業さんがその前で写真をとってくれた。

ここで、お別れだ。

あんなにいつもどこにでもつれていってくれたのに、もう、乗ることはない。

最後まで抵抗していたのは息子だった。

大泣きで

「あっちがいいー!!!」

とnoteにしがみつき、ギャン泣きで新しい車のチャイルドシートに固定された。

妹はニコニコしていた。

ディーラーを出ると、

「なんであの車じゃないの?」

と息子に詰められた。

「いっぱい走って疲れちゃったんだよ」

と、伝えた。

「じゃあ、修理したらいいんじゃない?」

と、修理工場を見ては、

「今なおしてるのかな~」

というようになった。

そうか、別れって、そんなに簡単じゃないのかもしれない。

仕方ないことだけど、「仕方ない」の言葉の向こうには、悲しさとか、離れたくないとか、いつもと同じがいいとか、あるんだね。

あたらしいくるま

センチメンタルな気持ちはあったけど、あたらしい車は、私たちの視界を変えてくれた。

それはまるで彼氏と別れて新しい人を好きになるのと同じように、自然となじんでいく。

忘れないけど、切り替えるのって、意外と早いんだ。

高くなった背、まだとらえきれていない車幅。

帰り道に夫婦で給油して、保育園までの道のりを走るだけで、手にも足にも汗をかくほど緊張した。

一人で運転していたとき、iPhoneに同期されたステレオから音楽が流れる。

キセルの「ハナレバナレ」だった。

この曲をダウンロードしたときは、旦那と中距離恋愛をしていた。

そして、車で遠くまで行くこと、車で音楽を聴きながらドライブするのが大好きだったのを思い出した。

この車でも、いろいろな場所にいってみたい。

そしていろんな思い出をつくっていきたい。

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