あなたもきっと依存症!iPhone、スタバ、鎮痛剤…「依存症ビジネス~『廃人』製造社会の真実」ディミアン・トンプソン

依存症ビジネス

恋愛に依存症があるなーと感じたことから気になるようになった依存症。

とはいえ恋愛中毒から抜け出した今、「依存症」は自分からは遠い非日常だと思ってました

でも、この本を読むと日常のすぐぞばに「依存症」があることに愕然とします。

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依存症はビジネスになる?日常にちりばめられた「依存症」のスイッチ

<あらすじ>

もはや病気ではない。最強最悪のビジネスモデルである。iPhone、フラペチーノ、危険ドラッグ、お酒、フェイスブック、アングリーバード、オンラインポルノ…私たちは、なぜこうも簡単に「病みつき」になるのか?元アルコール依存症のライターが、人間の意志の弱さにつけ込むテクノロジーとビジネスの共犯関係に迫る![目次]第1章 社会は私たちを「廃人」にしたがっている―iPhoneいじりと甘すぎるスイーツに見る病みつきビジネス第2章 依存症は本当に“病気”なのか?―環境次第でだれもが「依存者」になりうる社会第3章 なぜ自分を破滅に導く習慣をやめられないのか?―病みつきビジネスが利用している脳の仕組み第4章 お買い物とヘロインとお酒の共通点とは?―自由市場と依存の関係は18世紀ロンドンで始まった第5章 スイーツはもはやコカインだ!―スタバの「フラペチーノ」に仕込まれた巧妙な戦略第6章 どこに行っても安く、大量に酒が手に入る世界で―社会をアルコール漬けにするメーカーと販売網第7章 処方箋薬がこれほどいい加減とは!―合法的なおクスリでもじゅうぶントベる第8章

感想:★★★★

例えば、スーパーのレジ横のお菓子、スタバのフラペチーノが依存症ビジネスの一つだとしたら、あまりの身近さにぞっとしますよね。

そんな感じでこの本を読み進めていくと、「依存症」をどんどん身近に感じていきます。

無意識に見てしまうケータイ、ご褒美スイーツ、片頭痛で使う鎮痛剤…。

気軽に手に入る自分ご褒美は依存を加速させます。

ストレス解消のためのお酒が、飲まないといられない自分に。
ご褒美のためのケーキが、ケーキを食べるための行動に。
癒しや人生の潤いをあたえるものが、SNSで承認欲求を満たすために写真を撮る場所に。

目的がいつの間にか変わっている行為を、人は脳への報酬のために行ってしまうのだそうです。

思い当たるふしはたくさんあります。

…現代は「依存症」で怖いほど回っています。

21世紀初頭の社会に生じたもっとも影響力のあるトレンドとは、気分を向上させたい時はいつでも、自分に報酬、すなわち「ごほうび」を与えるという習慣がますます強まったことだ。

中略

たとえ必要のないものであっても、そういったものは報酬であるため―つまり、脳の中で期待感と快楽といった特定の感情を引き起こすためー私たちはつい手を伸ばさずにはいいられない。
 言いかえれば、私たちは「すぐ気分をよくしてくれるもの=フィックス」に手を出してしまうのだ。

P14、15 カップケーキ、iPhone、鎮痛剤―21世紀をむしばむ「3種の欲望」―より

自身もアルコール依存症だったという著者が書く「依存症」の根深い世界。

更生のためのプログラムを受けた経験もあり、アルコール依存者や薬物依存者が克服プログラムで受けるシステムの疑問点も書かれています。

「依存症」とは、根深く、人に影響を及ぼし、どうしたら解決するかがわからないものなんです。

なんとなく感じてはいましたが、この本を読んで「コントロールされる私たち」を改めて実感しました。

依存症にハマる原因は社会的に作れられる

人々が薬物の問題を抱える確率がもっとも高くなるのは、薬物が、物理的・経済的・社会的・心理的に入手が可能になったときだ。
この4つがすべて当てはまったとき、その1つでも欠けていたら依存症にならなかった人々のあいだに依存症が流行するお膳立てが整う。

P121 18世紀ロンドンの「ジン狂い」に見る「入手しやすさ」という隠れた要因 より

アルコールはこの条件が重なって「依存症」が問題視されている最たるものですよね。

現代は色々なものが「依存症」を利用した操作可能な大きなビジネスになっています。

なんとなくスタバに通うのも、つい手が出るスーパーのレジ横のお菓子も、どうしても発売費に最新のガジェットが欲しくなるのも、気づいたら開いているケータイゲームも、自分の知らなかったハードな嗜好に出会うネット上のポルノも…

この本を読むことで「なんとなく」してしまう色々な習慣が実は「依存」だと気づきました。

自分のためにならないとわかっていても行ってしまう「依存症」

依存行動の本質は、人々が、自分のためにならないことをわざわざ選び、行ってしまうことにある。そうすることで、長期的な報酬を得る代わりに、短期的な報酬を選んでいるのだ。それが、「本当は控えるべきなんだけれど」と言う瞬間だ。

P100、101 自分のためにならないとわかっていて、なぜわざわざやってしまうのか? より

人は、一回いい思いをすると、それをまた経験しようとします。

ギャンブルでビギナーズラックになった人がギャンブル依存症になっていくように。

快感のスイッチを入れられる状態がいつでも身近にあることが、依存症を加速させます。

そして、その「快感」を得るために、いつの間にか自分をコントロールできなくなっています。

大人になると人は、自分を自分でコントロールできる気になっています。

でも、脳の回路はそんなに単純じゃないようです。

甘いものが欲しくなったり、人に異様に認めてもらいたくなったり、お酒を飲まなければいられなくなったり、買い物やギャンブルをやめられなかったり。

そういう日常の些細なこと(のように思える問題行動)が、人を追い詰めます。

そして、食べすぎからの、ダイエットまで、アルコール中毒からの更生まで、すべてビジネスになると思うと、本当に人間って一部の人の富のために消費される動物ですよね。

糖分は、脂肪を含まないけれども、非常に体を太らせる物質でもあるのだ。モーガン・スパーロックは、自分をスーパーサイズにする過程で、5.5キロ分の脂肪を摂取したが、彼の胴回りと内臓にダメージを与えた本当の犯人は、13.6キロ分の砂糖だった。だがそれは、スパーロックが目の敵にしているマクドナルドが製造したものではなく、同社がただ販売しているだけの炭酸飲料からきているために、映画ではこの点が強調されることはなかった。

P145 「スーパーサイズ・ミー」が糾弾すべきは「バーガー」ではなかった? より

近年心配されているのは、インターネットの普及によるスマホ依存、そしてポルノ依存の影響です。

いつも手元にあるスマホは、ユーザーにとって便利に、また企業には人間の情報を吸い上げる道具として機能しています。

「依存症」を使ったビジネスを考える人は、人が時間を割きたくなるようなプログラムを組んでくれと研究者にオファーするようです。

効率のいい便利な道具と思って手にしているその道具で、私たちは平気でお金や時間を使っています。

すべては、効率のいいビジネスのために、仕組まれていることです。

とはいっても、確かにすぐ手放したりやめたりするのは難しい…。

でも、依存してしまう可能性があるということを知るだけでも、自分の行動を顧みるきっかけになると思います。

依存症ビジネスにのっかりまくりだなと思ったので、私は最近、意識的にスマホを離しておく時間を作り、その時間で息子と向き合ったり、紙で本を読む時間を作っています。

最先端の技術が更に発展していく今後、技術や莫大な量のデータが子どもたちをどこに連れていくるのか想像もつきません。

インターネットには、男性の性欲を刺激する魔力があるのだ。
しかし、統計値は全体像の一部を示すにすぎず、しかも、もっとも重要な部分を明らかにするものでもない。デジタルテクノロジーは、ポルノに対する前例のない欲望を生み出しただけではないのだ。その“素材”自体が、デジタル化以前のほとんどのポルノに比べて、ショッキングなほどきわどくなっているのである。

これほど多くの善良な人々が、自分に堕落した性的嗜好があると思い知らされたことはなかった。
かつて書斎にこもって車雑誌を眺めていた夫たちは今、女生徒に扮した“10代の尻軽女”が暴力的に犯され、もっともっとと求めてあえぐ動画をダウンロードしている。彼らはポルノなどとっくに卒業したと思っていた者たちだ。

P259.260 YouTubeとその兄弟が引き起こしたポルノの大洪水 より

自分の選択への責任

本書は、依存症ビジネスは自分でコントロールして抜け出すのは難しいとしたうえで、それを選んでいるのも自分だということをはっきり書いています。

お酒を飲むのも、最新のスマホで時間をつぶすのも、甘いお菓子を自分ご褒美に買うのも確かに自分の選択ですよね。

治らない病気と言われている依存症ですが、確かに克服したように見える人も多々います。

それは、自分がそっちに行かないような「選択」ができているからなんでしょう。

でも、その戦いは完治する病気と違ってずっと続くものです。

なぜ科学は、依存症という現象ををとらえるのに、これほど苦労しているのだろう。それは、極端に言うと、ほかの動物の脳とは違って、ヒトの脳は、自らの体に命令を下し、ほぼ無数の自発的な(そのため予測不能な)行動をとらせるからだ。病気モデルの擁護者、そして巨大な医療関連産業の思い込みに反し、依存的行動とは本質的に自発的な行為なのだ。
依存者は脳の化学物質が混乱した結果、悪い選択を下すのかもしれない。しかし、たとえそうだとしても、それが自分の意志による「選択」にあることは変わりはない。

P97 ただし、脳を見てもだれが依存者かはわからない より

きついようですが、私には著者からの人や環境のせいにすることも確かにできるけど、一方で「自分の選択」で未来は選べるというエールのように感じました。

大学時代、フィールドワークで行ったアメリカのアリゾナ州の薬物厚生施設アミティで会った男性のことを、私はよく思い出します。

「僕はもう大丈夫、薬なんかもうやらない」と笑顔で言っていた彼は、何度もその施設に戻ってきていた常習者だったそうです。

薬が抜けたように思えても、大丈夫と思えても、またすぐに手を出せる環境があったり、ストレスが溜まって自分を保てなくなったら、脳の快感スイッチを押したくなるのは、わからなくもありません。

上手に嗜好品や身近なものと付き合うのはむずかしいのか。

でも、自分の選択と、依存の仕組みを知ることで、自分の人生を歩める可能性が上がるはず。

ドキっとした人はぜひ読んでみてください。

時に厳しく、時に寄り添ってくれる読みやすい一冊です。

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