専業主婦という天国の牢獄

朝は、ブロッコリーを茹でながらラジオ体操をする。

社会人をしていた頃より、早く起きている。

旦那と息子が朝食を食べている間にお弁当を作り、7時に旦那は出かける。

座って朝食を食べるのに飽きた息子が椅子から身をよじり出る。

私は机の上の皿やコップを高い棚の上に避難させながらパンをかじる。

つかみ食べをする息子は散らかす天才で、テーブルの上、こども椅子、床にパンのカスが散らばり、動くと足にくっついて不快。

コレナンデ商会が始まる頃、私は洗い物をしに台所に立つのだが、後追いをしてくる息子が、シンクしたの棚を開け、鍋類を引っ張り出す。

3つの鍋と鍋敷きを引き出した後は、冷凍庫を力いっぱい開けようとするので、私の足との攻防が始まる。

私は不自然な体制で洗い物をする羽目になる。

そんなことをしているうちに、ピタゴラスイッチが始まる。

息子がよく見るので、濡れた手を拭き、抱えて急いでテレビの前に移動する。

ピタゴラスイッチの息子が見る部分は30秒。無慈悲。

足にパンのカスがまたつく。

我慢できなくなった私は掃除機をかけたいのだが、ここから息子が比較的テレビを見る時間になるので、ぐっと我慢して洗濯物を先に回す。

足にパンのカスがついて、気になる。

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専業主婦とは

洗濯物を干す。

天気が良ければ布団も干す。

掃除機をかける。

息子がぐずる。

ミルクをのまして寝かす。

私も時々一緒に寝る。

専業主婦は、確かに贅沢だ。

息子はすごい速さで伸び、歩き出し、求めだし、人っぽくなっていく。

私は、社会からはみで、息子の成長スピードに脱帽し、いつの間にか息子と一緒に昼寝をした自分を責める。

「なにかしなければ、有意義なこと」

当たり前の家事と、片付けた端からとっちらかす息子のおかげで、「なにか」はエンドレスで続く。

掃除機をかけてもかけても、床を拭いても、本を棚に戻しても、一息ついて振り向いたら、全て元に戻っている。

笑顔が、固まる。

専業主婦には指標がない

働いていたら、お金をもらえた。

頑張った分、お金という数字で評価をされる。

人対人で、それも評価される。

自宅にいるとどうだ。

人っぽくなった生命体によじ登られ、嚙みつかれ、泣かれ、やってもやっても元に戻る家事を同じルーチンでこなしていく。

動いているのに、成果としては無に近い。

「専業主婦は専業主婦で大変」

といってもらうこともある。

でも、「専業主婦なのに」と自分を責めてしまうことのほうが多い。

人のお金で生きる

家族というコミュニティから独り立ちし、自立して色々な経験を積んで、家族というコミュニティを築き、人に依存して生きる。

精神的には自立しているのに、金銭的には依存しているので、とても居心地が悪い。

少しでも、自分の幅が欲しい。

もちろん、こどももほしかった。

全部を手にすることはとてもむずかしいけれど、本当は、自立しながらこどもも欲しかった。

本当は、それを諦めていないから、新しいことをしている。

自分の領域が欲しい。

お金は指標となるし、やれることの幅を広げる。

お金、欲しい。

専業主婦は甘えなのか

専業主婦は、制限のある天国だ。

なってみて思った。

そんなにいいもんじゃない。

でも、悪くもない。

1人の時間を使えるのが、夜中しかないので、その時間にお金になることの作業をする。

社会人の時より、遅く起きている。

昼寝するけど、ただでは起きない。

今の状態に釈然としないので、専業主婦をカスタマイズして、ヴァージョンアップさせていこうと思っている。

とりあえず、「時間がない」の言い訳はできない。

専業主婦で自立をする女に早くなりたい。

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