私(30)は、『大人』なのか?

散歩途中、学校帰りの女の子たちがアルプス一万尺をやっていた。

「懐かしいな。この前までやってた気がする」

と思ったのに、私はもうすぐ31歳になるし、散歩中押しているのはベビーカーで子供までいる。

同じように、今日子育て支援所で息子と一緒にやった「パンダウサギコアラ」も少し前まで高速をそこそこ楽しみながらやっていたように思う。

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大人になっても、中身はそんなに大人じゃない

大学を出て働き始め、会社員になって、ストレスを感じたことの一つに、

「なんで大人なのに、ちゃんとしてないのだろう」

と思うことがあった。

「課長なのに…」

「上司なのに…」

なんのことはない、自分が上司になったり部下を持ったり、社会に出て数年たって気づいたのは、「大人」はそんなに万能じゃないということだった。

現に今自分は『ダメな親で子供がしっかりする戦法』で子育てをしたいと思っているくらいダメ親だけれど大人だ。

大人と子供の境目はどこだろう。

いつ大人になるのか

法律的には二十歳だけれども、どう考えても二十歳のころはウーウェイしていたし、今過去の二十歳の自分に会っても話したくない位ガキだと思う。

自分も、他人も大事にしていなかった。

そのくせ『友達』とか『恋』とか『自由』みたいな目に見えないものに支配されていたと思う。

大学を卒業して、お金をもらうようになって、好きなこと以外を生活の軸にするようになった。

『自分を殺す』テクニックを覚えたのもこの頃だ。

その方が上手くいくことが多かった。

とはいえ、『自分を殺す』ことが下手な私は仕事でも自我がはみ出しまくっていたと思う。

そういう意味では子どもと大人が混合する20代後半を走ってきたように思う。

大人になれているのか?

自分の『個性』と評価される部分は子供な要素であふれている。

大体が、「我慢できないから」やっている。

今日も、風がすごいのに燻製を明日したいし肉がいい頃合いだから爆風の中、肉の風乾をしている。

明日、燻製するつもりだ。

「トランク一つで生きていく人生に憧れている」と言いながら、本棚の棚を買い足し、本棚をぎっちり埋める本や漫画と暮らしている。

在宅ワークをすると言いながら、記事広告の個性を殺して情報を整理することに疲れて、こうやって自分のブログに吐き出しにきている。

これでは、「子供っぽいだろ」と苦笑いしながら趣味に注力し、自分のダメなところもパートナーに許してもらおうとして変わる気のないズルい男と変わらない。

そんな男、友達の配偶者なら真っ先に非難する。

でも、それが今の私だ。

20代のころの自分を『ガキだ』とこき下ろしたものの、30歳の私はたいして『大人』ではない。

今後、経験は増えるだろう。

好きなものに、家族に費やす時間は増えるだろう。

その中で『大人』っぽくなれるのだろうか。

このままでは、60歳くらいになってもちゃんとした『大人』に届かない気もする。

飄々としたおばあさんになる頃、大人になっていますように。

とりあえず、30歳の私は、旦那にもらった新しい燻製機で豚バラブロックを燻します。

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