30歳を過ぎて、きれいごとを真っすぐ言えるようになった

顔のシミが、ハート形ですが、かわいくなくて悲しい…三十路の坂本です。

最近、自分で書いてて思うんですけど、きれいごとが多い。

「家族を大事にしたい」

「旦那を尊敬する」

「両親を大事にしなきゃ」

とか。

スポンサーリンク

きれいごとはきれいごとやん

ほんの5年ほど前まできれいごととか大っ嫌いでした。

「ふーん、へ~、それで?」

位な感じで。

「そうかもね、そうなんでしょうよ、でも私には響かない」

と思ってました。

今は、もうきれいごとばっかりゆうてますね。

書いてて、自分こんなこと思うんやーってちょっとたまにびっくりします。

そもそも“きれいごと”って?

 

1 実情にそぐわない、体裁ばかりを整えた事柄。「もはや―では済まされない」「―を並べる」
2 手際よく美しく仕上げること。

goo辞書

らしいです。

なんか、かっこつけみたいな感じですよね。

まあ、正しいやろうけど…みたいな。

実情にそぐわない、体裁を整えた言い方。

理想論?とか。

親子のこと、こどもとのこと、旦那とのこと…きれいごとばっかり言う。笑

でもきれいごとの方に救いを感じるので愚痴よりきれいごとの方が出るようになったんですよね。

普通が難しくて、大事っていうことを知らなかった

もう、見出しからきれいごとですよね笑

仕事やめて、結婚して、こどもできて、なんか一回手にしたものを色々と失って、そっから多分きれいごとが多くなった気がします。

…体裁が整わなくなったからきれいごとが出だしたのかな…

もう一つの意味、「手際よく美しく仕上げること。」に向かって行っているのかもしれません。

30歳になって、自分が持てるものが解って、それをちゃんとしたくなってきた。

むしろそれ以外はどうでもよくなってきて、自分の人生のきれいごとを整えようとしゆうのかも。

年を重ねるごとに得るもがたくさんあり、ゆっくり失うことの意味もじわじわ学んだ20代を経て、今、私はきれいごとを言うようになったみたいです。

きれいごとをひねくれてとらえるうちはまだ余裕がある

んじゃないかとふと思いました。

「そうじゃないじゃん」

って反骨精神持つのはパワーがいります。

「結婚ってそうじゃないじゃん」

「旦那を思いやるなんて無理」

「そうできたらいいけど」

自分の意思を曲げた方が円滑に物事が進むことが多いです。

特にこどもといると、自分の選択以外のにも色々なことを他人から言ってもらうやしてもらうことがあります。

最初は、「え?」と思ったんですがもう、受け流すか、受け入れる方が楽でそうしてます。

きれいごとをうまく呑み込めないうちは、自分の「こだわり」を持っていて、それに向けて労力をかける余力があるんじゃないかなと。

「そうじゃない」と思うから、「私はこうする」と思える。

自分もながいことそういう時期があったので余計に思います。

きれいごとをいう大人になって

きれいごとを言うようになったのは、実は多くを手放したからだと思います。

多くの可能性や、やりたかったことや、夢見ていたこと、もしくは一度持っていたもの。

またきれいごとを言いますが、自分のこと以外は今、現状にだいぶ満足しています。

本当に運がいいし、縁があったし、恵まれてるし、ラッキーだなぁと。

ぼんやり見ていた「こうなりたかった」「実際そうでもなかった」になって、

「で、ほんまはどれがいい?」からの、「なんや、これでいいやん!」が今です。

というわけで、きれいごとを言う大人になりました。

とりあえず、こんなふわっふわな記事を最後まで読んでくれてありがとうございます笑

あなたに、幸あれ!

あ、またきれいごとゆうた!笑

The following two tabs change content below.
スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です